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大久間喜一郎名誉館長の部屋


大久間名誉館長


大久間喜一郎先生は、平成24年3月24日に永眠されました(享年94歳)。
ここに生前のご厚情に厚くお礼を申し上げますとともに、
謹んでご通知申し上げます。



万葉歴史館長であった幸せ

大久間喜一郎


 上代文学会の事務局が明治大学の大久間研究室に置かれたのは、昭和五十二、五十三年の二年間であった。当時は事務局が年度大会の会場選定や一切の取り決めを行うことになっていた。
 さて、五十二年度の大会は今まであまり例はなかったが、地方自治体にお願いしようということになって、高岡市が候補に上がった。それは現在、二松学舎大学文学部長の針原孝之氏が当時の事務局の要員で、高岡出身の同氏の意見に賛同したからであった。
 五十二年の歳末に、私は堀健治高岡市長から会いたいとの御通知を頂き、針原氏と二人で高岡市へ赴いた。大会開催の件は受諾され、教育長川原主馬先生は高岡の諸所を案内して下さった。情趣ある落ち着いた好い街という印象が私の心に刻みつけられた。
 五十三年五月の上代文学会高岡大会大成功だった。あれ程会員が集まったことはめったになかった。
 確かその翌年、能登島の民俗調査を行ったゼミ生たちに同行した私は、途中高岡市役所へ立ち寄って、昨年度の大会開催についてお礼を申し上げた際、川原先生が言われるには、上代文学会大会を当地で開いて下さったお蔭で、我々は当地の重要性に気付き、高岡市の目標を「万葉のふるさと」とすることにほぼ決まったとのお話があった。その時、鋳銅製品で全国に知られている高岡市が文化行政を優先させたことに深い敬意を覚えたものである。私はこのことを私大連盟の機関紙の随筆欄に書いた記憶がある。
 それから後は高岡市は[万葉のふるさと」づくりに邁進した。全国から千二百名も動員した「万葉のふるさとづくりシンポジウム」も挙行された。再度の上代文学会大会も開催された。こうした一連の動きが、市制百周年記念事業としての、平成二年の高岡市万葉歴史館の建設となり、ひいては私の初代館長就任にまで繋がるのだろうと思われる。


 
人優しく情趣ある高岡
 
 昭和五十二年、私が初めて踏んだ高岡の町は、落ち着いた佇まいの町というのが第一印象であった。そこでお目に懸かった人たちは皆優しくて親切であった。その後、館長として暮らした十四年聞にも人心穏しき国という印象を裏切られたことはない。
 歴史館の日々と言えば、ここに勤務する研究員にとっては研究調査の日々であり、企画立案に従った美術品の展示替えは、美的鑑賞の素養もなくてはならない。管理側に立つ人々の協力もある。訪れる参観者に解説をするのは、主として女子事務員である。また、学習講座を主催するのは研究員の担当だが、かなり専門的な水準を目指して実施してきた。館長の私も研究員に倣って平成三年から「古事記をよむ」という講座を担当することに決めた。万葉集という韻文文学の講座があるなら、古事記という散文文学の講座があるべきだと思ったからである。その講座で古事記を一通り読み終えたのは平成十四年の三月であった。百二十七回目であった。これも一つの思い出と言えようか。
 さて、別れて行くとなれば、こんな歴史館内の日常生活も懐かしい。また、美しい景観を誇る歴史館の佇まいは、殊に雪に覆われた冬景色が美しい。玄関前に立てば富山湾を隔てた彼方に雪を頂いた立山連峰の稜線が眼に染みる日々もある。十四年の春秋を過ごした今、思い切って此処を離れて行こうとしているのだが、何か掌中の珠を失う思いがある。
 私がこの歴史館館長の職を与えられたのは、三十三年間務めてきた明治大学を定年退職し非常勤となった翌年のことであった。もう一つの勤務先である國學院大学大学院の定年も近かった。私はこのニつの業務を兼務として抱えたまま館長の仕事に励んだ。
 大学院を修了した後も、私の教室の研究メンバーであった北村進君に同意を求めて主任研究員となって貰った。北村君は実によく働いてくれた。今日の歴史館の基礎には北村君の苦労がその跡を留めている。その北村君も若くして世を去った。万葉歴史館はこの地の多くの方々の文援によって今日の声価を得たと言えるが、内部の基礎作りには北村君や彼を支持する人たちの存在を忘れることは出来ない。
 私はこうした人々の支援に寄り掛かって歴史館の方向を定めたに過ぎない。私は無類の幸せ者だと言える。そう言えば、私が大学院で「日本書紀歌謡研究」の講座を担当し、院生やそのOBたちと共に十五年を費やして完了したその成果を、改めて見直そうという研究会が、私の歴史館長退任を期に提案されている。今では彼らの大方は教授となり、学位を得た者も多い。私は再び昔の夢の続きへ身を置こうとしているらしい。
 
平成16年3月吉日

※本原稿は、北日本新聞2004/3/29(月)朝刊に掲載されたものを、本人の承諾を得て再掲したものです。


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