明日の日の 布勢の浦廻(うらみ)の 藤波ふぢなみに  けだし来鳴かず 散らしてむかも 
 (巻18−4043・大伴家持)
現代語訳

明日という日は、布勢の浦辺の藤の花に、もしやほととぎすは来て鳴かず、むなしく散らしてしまうのではないか。





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家持らが好んで舟遊びをし、多くの歌に詠んだ「布勢の水海」。
現在ではすっかり干拓され、細長く続く氷見市の「十二町潟水郷公園」にその昔をしのぶのみですが、 奈良時代は、遠く二上山の麓まで広がる広大な水海(湖)だったと考えられています。

現在は人家中に隠れてしまうような、標高20mの「布勢の円山」も、当時は、その水海の中に浮かぶ島ではなかったかと 思われます。
家持は舟遊びの途中何度もこの円山に登り、眼下に広がる布勢の水海の景色を楽しんだのでしょう。

布勢の円山