天離あまざかる 鄙ひなに名かかす 越こし の中 国内くぬちことごと 山はしも 繁しじにあれども 川はしも  多さはには行けど 皇神すめかみの うしはきいます  新川にひかはの その立山に 常夏 とこなつに 雪降り敷きて……(巻17−40000・大伴家持)

現代語訳

地方の国で名高い、越中の国じゅうに、山はかずかずあるけれども、川はたくさん流れているけれども、土地の神様が支配していらっしゃいます、新川郡のあの立山に常に雪があり……。




家持が住んでいた伏木台地からは、富山湾越しの立山連峰を見ることができます。
立山連峰は富山平野の南東部にそびえているため、富山の日の出は、この立山連峰の向こうから昇ります。
奈良時代の役所は日の出とともに開門され、役人は仕事を始めました。家持も、立山連峰から昇る日の出を眺め たに違いありません。

ところで、「立山連峰」はその崇高な姿から、古来、駿河の富士山、加賀の白山とならぶ日本三霊山として、信 仰の対象となってきましたが、「立山」という山は存在しないのです。
そのため、家持の歌に出てくる「太刀山(たちやま)」がどの山を指すのかについて、古来 さまざまな論が存在しています。

しかし、一度でもその目で、富山湾越しに望む美しい立山連峰や、その峰々の向こうから昇る朝日を御覧いただ ければ、家持の歌が具体的にどの山を指すのかなどということは、論じるまでもないことと思われます。
 



-歴史館屋上から見る立山連峰-

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