高岡市万葉歴史館
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紫陽花と大伴家持(田中夏陽子)

2026年06月18日NEW

 そろそろ梅雨に入るようた。しかし、富山県は「弁当忘れても傘忘れるな」といわれる地域だから、雨がちなだけでは梅雨になった気がしない。当館庭園に咲き始めた紫陽花がしっとりと露に濡れて色づくと、やっと梅雨になった気がする。
 万葉集には紫陽花をよんだ歌が二首ある。一首は左の橘諸兄の歌。

紫陽花の 八重咲くごとく 八つ代にを
いませ我が背子(せこ) 見つつ偲はむ(巻二十・四四四八番)

 「あじさいが八重に咲くように、長い年月ご存命でいらしてください、あなた。紫陽花を見ながらあなたをお慕いしましょう」
 古代において「八」という数には、「たくさん」という意味をあらわす場合がある。
 そもそも「あじさい」の「あじ」という語は、小さいものが多く集まる様をあらわす語らしく、魚のアジの名もそこから来たといわれている。紫陽花が折り重なるよう集まって咲く様子を「八重咲くごとく」と表現し、そこから宴席の主催者の長寿を言祝いで友好の情を述べた宴席歌である。
 この諸兄の歌は、万葉集の中でも「家持の歌日記」と呼ばれる部分に含まれているので、家持が自ら選んで記録したものだと考えられる。家持は、歌のよまれた季節や、言祝ぎ・友好の気持ちを紫陽花に寄せた詠みぶりが、宴席歌としてのTPOに叶った歌だと評価して書き記したのだろう。
 もう一首は家持自身の若い頃の歌である。妻となる坂上大嬢へ贈った歌ある。

言問(ことと)はぬ 木すら紫陽花 諸弟(もろと)らが 練(ねり)のむらとに あざむかえけり(巻四・七七三番)

 「諸弟(もろと)」「練(ね)りのむらと」の部分がはっきりしないため、いまだに難解な歌として知られている。「諸弟」を「使者の名前」、「練のむらと」を「練った言葉」と解し、「言葉を話さない木の紫陽花でさえ色を変えるのに、メッセンジャーの諸弟が伝えるあなたの愛の言葉を鵜呑みにして騙されてしまった、あなたは心変わりしているのに」といった内容の、二人の仲むつまじさが生むからかいの歌であろう。
 このように万葉集にみられる紫陽花の歌は二首とも家持に関係した歌なのである。家持の越中万葉歌の中には紫陽花の歌は残ってないが、植物好きの家持の国守館には、紫陽花も植えられていたかもしれない。
 そして、梅雨空の下、妻と離れて暮らす若き国守は、露をたたえた紫陽花を見ながら物思いに耽っていたことだろう。

(田中夏陽子)