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第35回 児部女王(こべのおおきみ)と毒舌の由来(藤原茂樹)
2025年04月28日

よいものは どこでも飽きられないのに
まあ何だってまた 坂門の家のあの子は
角の家の、醜い男なんかに
くっついてしまったのだろう
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うましもの いづくも飽(あ)かじを
坂門(さかと)らが
角(つの)ふくれに しぐひあひにけむ
巻十六・3821 児部女王(こべのおほきみ)
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「いい男はどこにだっているのに、あんな男を何を好んで受け入れたのか・・・」ということをもの笑いにしている歌である。
尺度(さかと 坂門)娘子も角(つの)氏の男も小氏族の者。経歴未詳の児部女王(こべのおおきみ)も、皇族の端にはいるが、宮廷に重きをおく存在にはみえない。皇子皇女の名前は、特に定まりはないが、その養育氏族名を負うことが少なくない。女王は児(子)部という小族に育てられたのだろう。この歌は、歴史の表面に現れることのない、それほどは高くない階層の噂話や世間話の断片が残ったものである。たとえば、中臣宅守が越前に流されたとき
さすだけの 大宮ひとは 今もかも 人なぶりのみ 好みたるらむ
巻十五3758
と歌い、都に残してきた新妻が、宮廷で侮蔑(ぶべつ)や嘲笑や人なぶりに晒(さら)されていないか不安に思っているが、宮人の世界は、噂や揶揄(やゆ)の渦巻く世界なのであろう。雅(みやび)な世界の裏側に貼り付いている、俗で醜い属性は陰に隠れて見えにくい。
児部女王は、但馬皇女(たじまのひめみこ)の歌の異伝歌の作者の子部王と同一人物といわれる。
但馬皇女の御歌一首 一書に云はく、子部王の作といふ
言繁き 国にあらずは 今朝鳴きし 雁にたぐひて 行かましものを
巻八1515 一伝
口さがないはずの本人が、うるさい噂話に傷ついたといい、俗世間を離脱したいと歌うアイロニーを示す。陰影の濃い人である。
奈良県橿原市(かしはら)市の子部(こべ)神社の祭神は、小子部命(ちいさこべのみこと)で、延喜式内社である。すぐ近くにも子部神社があり別名螺嬴(すがる)神社といい、育児神として知られる。小子部と子部とが同氏という考えは消せない。小子部螺嬴(ちいさこべのすがる)は空に鳴る雷を捉え天皇を驚かせ、雷(いかづち)の名を賜り(『霊異記』)、諸国の蚕(こ)を集める命を受け、誤って小児(こ)を集めて貢上し、天皇に笑われ小子部の姓を賜った戯(おど)けである(姓氏録)。児部に育てられた女王はそうした戯人(たわけ・おどけ)である道化芸の伝統的息吹に吹かれてでもいるようだ。
(藤原茂樹)
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