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第44回 雪月花(藤原茂樹)

2026年02月01日NEW

 

雪の上に

月の照り輝く輝く美しい夜に

梅の白い花を折って

贈ってやるような

かわいい娘がいたらいいなあ

 

 

 

雪の上に

照れる月夜(つくよ)

梅の花

折りて贈らむ

(は)しき児(こ)もがも

 巻十八・4134 大伴家持

 

 

 十一世紀初頭の『和漢朗詠集』「交友」に、唐の白居易(七七二~八四六年)の詩がみえる。

  琴詩酒(きんししゅ)の友は皆我(われ)を抛(なげう)

  雪月花(せつげつくわ)のとき最(もと)も君を憶(おも)

琴・詩・酒の愉快な日々を一緒にすごした友だちは、みな私から去っていった。

雪の日、月の夜、花の時に、最も君を慕わしく思う。

 この漢詩は、平安時代に広く好まれた。

 『枕草子』にも一節がみえる。村上帝(九四六~九六七在位)が、雪の降った日に、器に雪を盛らせ梅花を挿し、月が明るいからこれを題に歌を詠めと命じた。すると、女官のひとりが「雪月花のとき」と応じお褒めをいただいたという。雪月花のとりあわせに唐風な気持ちが動いたのである。

 白氏の漢詩は、雪、月、花の折々に君を慕うとの意図だから、応じた機転は、雪にも月や花の折にも帝をお慕いするという妙味にある。ただ、器にふんわり盛られた雪の楽しさ、雪に調和する梅の花の白さ、これを浮かびあがらせる冴えた月明かりは、同時性が生命であったところが掬(すく)われていない。

女官は、雪降る日の華やぎを含む現今の感情を、常々抱いている帝への尊崇と思慕の感情にほどいてしまった。

 大伴家持のこの歌(七四九年作)は、村上帝の風雅を二百年もさかのぼる。白居易誕生以前である。歌の中に同時に三つの材料を取り合わせている。雪に照る月の夜に手折る梅の花を贈るかわいい女性を空想する夢見がちな世界。雪月花+娘子 四つ目の材料までも加わって、こぼれるほどの美しい素材たちよ。

雪月花の清さにふさわしい女性は、家持の憬れであり心の中に住んでいる。彼は二百年後の女官よりだいぶロマンチストだった。

 

 (藤原茂樹)

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