まんれきブログ -
日めくり万葉集ブログ-万葉からMANYOへ-
第34回 竹取の翁と九人の乙女たち(藤原茂樹)
2025年03月30日

万葉びとの好きな物語の一類型に、ある人物が出かけた先で、天女や仙女に逢ってかかわりを楽しむ筋の物語がある。天女と出会うことや、浦島児のことや、漢詩文の影響が濃い松浦河に遊ぶ序と歌がある。万葉集巻十六に、昔竹取の翁がいたと昔話風にはじめる長歌がある。当時のありえないほど裕福な育ち方をした男性のことが幻想的に歌われる興味深いものだ。
こんな調子である。
最初に、短い序があり、歌への導入になる。春も末頃、丘にのぼった翁が、春草を摘んで鍋で煮てあそぶ九人の娘子に出逢う。その娘たちはどの人もどの人も、とりどりにつややかで、容姿といったら並ぶものがないほどである。乙女のひとりが翁をみつけて、「おじいさんここにきて火を吹いてくださいな」というので、近づいてその座にまじると、乙女たちがみなにこにこして「だれなの。このおじいさんを呼んだのは」とさざめきあう。
翁は、これはこれはと、たいそう恐縮して、皆さまになれなれしくも近づいた罪をお許しください、といいながら、おわびに歌いだす。
そのうたというのが、どうもはや、自慢話一辺倒でどこかに毒を含んでもいて、乙女たち全員の心にさざ波をたて、やがて、野原の草が風に吹き倒されるように、おじいさんに一辺倒にこころを奪われてしまうという結末になる。
赤ん坊の 若子髪(わくごがみ)のころは母に抱かれて、紐のついた衣をまとってね。這い這いするころには木綿(ゆう)の肩衣(かたぎぬ)を裏ぎぬも縫って着て、皆様と同じ年頃には・・
♪ にほひよる 児(こ)らが同年児(よち)には 蜷(みな)の腸(わた) か黒(ぐろ)し髪を ま櫛もち ここにかき垂れ
【訳】
かがやくばかりの みなさま方と同じ年ごろには わたしも黒くつややかな髪を 上等の櫛でといて このくらいまで、たらしたりしてね
♪ さ丹(に)つかふ 色なつかしき 紫の 大綾(おほあや)の衣(きぬ) 住吉(すみのえ)の 遠里小野(とほさとをの)の ま榛(はり)もち にほはす衣(きぬ)に 高麗錦(こまにしき) 紐に縫ひ付け
【訳】
赤みがかった 色に似合う 紫の大柄模様の着物、 住吉の遠里小野の榛(はんのき)の実で渋く染め上げた着物をまとい、ハイカラな高麗錦を飾り紐に縫い付けてさ
♪ 稲寸娘子(いなきをとめ)が 妻問ふと 我(われ)におこせし 彼方(をちかた)の 二綾裏沓(ふたあやしたぐつ) 飛ぶ鳥の 明日香壮士(あすかをとこ)が 長雨忌(ながめい)み 縫ひし黒沓(くろぐつ) さし履きて 庭にたたずめ 罷りな立ちと 禁(いさ)め娘子(をとめ)が ほの聞きて 我におこせし 水縹(みはなだ)の 絹の帯を 引き帯なす 韓帯(からおび)に取らせ
(巻十六3791より抜粋)
【訳】
イナキ娘子が、求婚の証として贈ってよこした、彼方(おちかた)産の だんだら縞の靴下を履き、明日香男が長雨の湿気を避けて縫った黒沓をさっと履いて、庭にたたずんでいたら、「行っちゃだめ」と引き止めるイサメ娘子が、イナキ娘子の贈り物のことを小耳にはさんで、水色の絹の帯を、引き帯のように韓帯に取り付けてくれたものさ
幼いころから上等の着衣を身にまとう富びとの育ちで、若き日にはよくもてたと歌いあげていく。明日香奈良時代の、おしゃれな色男が想像の世界とはいえ生き生きと動いている。老人による眉つばの回顧譚だが、ふしぎな歌いぶりで魅力がある。仙女のような若き娘たちよりも、かえって翁の方が真に秘密をかかえている。その謎解きのような歌だ。
(藤原茂樹)
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