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第6回 うなぎの効用(藤原茂樹)

2023年08月20日

  痩せたる人を嗤咲(わら)ふ歌

石麻呂に 我(われ)物申す

夏痩せに 良しといふものそ

鰻(むなぎ)捕(と)り喫(め)せ

    巻十六3853 大伴家持

 

 

石麻呂殿に私がものを申そう 夏痩せに効果てきめんと云うことですぞ 鰻を捕って召し上がりなされ

 

 土曜の丑にウナギがよいと考えたのは、江戸時代の平賀源内だとはよく聞く話だが、うなぎが、蒸し暑い日本の夏に負けない体つくりによろしいということは、大伴家持のこの歌からすると、すでに奈良時代に巷間で説かれていたようだ。

 現代、うなぎの効用はといえば、たくさんのビタミンを含有するといわれる(体に抵抗力をつけるビタミンA、艶のある肌や髪によいビタミンB1、イライラ防止のカルシウム、血行をよくする鉄分とビタミンEが豊富)。その脂には血液をサラサラにし、血管や細胞の活性化を促し、高血圧・脳卒中・動脈硬化の予防や炎症をふせぐエイコサペンタエン酸や、学力低下や視力低下をふせぎ知能・記憶力向上、脳の発達に効くドコサヘキサエン酸がたっぷり含まれる。またアルギニンというアミノ酸が多く、うなぎを食べる男性に精がつくといわれるのはここに理由があるという。

 ともあれ滋養強壮効果抜群のうなぎを、奈良時代にすでに経験的に知覚し諺(ことわざ)のように喧伝(けんでん)していた人々がいたわけである。その効用の知識を、歌に取り入れたのは、友人の吉田老(よしだのおゆ(石麻呂))が見るに堪えない細身で、体力減退意気消沈、夏の暑気に道に立つかげろうみたいに影が薄く見えたからであろう。

 歌の左注には「その老(おゆ)人となりて、身体甚(いた)く痩せたり。多く喫(くら)ひ飲めども、形饑饉(ききん)に似たり。これに因りて、大伴宿禰家持、聊(いささ)かにこの歌を作りて、以て戯笑を為す。」とあり、家持がいたずら心を発動してからかったのである。

 吉田老の系譜は不明だが、百済(くだら)から来た有名な医術家吉田宜(よしだのよろし)の子との説があり、宜の子古麻呂(こまろ)も内薬正で天皇の侍医(『文徳実録』)として名を残す。老が医術家ならば、家持が百済伝来の医術の体現者に、わが国の民間療法を言い立てる逆説が兼ねられて、そこに「嗤咲」(わらい)の棘が潜んでいる。しっぺ返しがなされたか、老が苦虫を噛んだままか、記録が残されていない。

(藤原茂樹)

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