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第9回 兎ねらはり(藤原茂樹)

2023年09月20日

 

等夜(とや)の野に

兎(をさぎ)ねらはり

をさをさも

寝なへ児故に

母(はは)にころはえ 

   巻十四・3529

  

(現代語訳)

等夜の野にうさぎを狙うではないけれど おさおさ ろくに共寝もできないあの娘のために おっかさんにこっぴどく叱られた

 

 「野・兎・母」と目でみて伝わることばと、耳に聴いて「をさぎ・ねらはり・をさをさ・ねなへ」とわかりにくいことばが並んでいる。いまでは意味を感受できない「ころはえ」(コロフは叱責すること 巻十一・二五二七)の語も加わって、遠い古びた世界のどこかの片隅で誰かがうたっている。巻十四は東歌の巻だから、ごく普通の庶民的な若者の恋の歌であったろう。

 『万葉集』に兎をよむ歌はこの一例だけである。この時代に月に兎がいると観念していれば、月の歌に兎が現れてもよいが、万葉の世界では月にいるのは月読男・月人壮士(つきひとおとこ)と定まっていて、入りこむ余地がない。また、鷹狩が盛んであったことは、大伴家持が飼育していた鷹を逃がされた歌(四〇一一)などで知るが、鷹はよく雉や兎を捕らえるから、実際に兎は狩の折には捕捉され、なじみの捕獲物であったろう。その白い毛は筆となり、肉は淡く美味で、羹(あつもの 兎汁)や醢(ししびしお)などにしていたはずだが、歌に痕跡を残さないのは、兎が歌の題材として選ばれるほどのものではなかったことになる。つまり兎を狙うことから歌い起すこれは、素材選びとしては、特殊といえる。それだけに東国の野卑な男子の、日々の暮らしの恋情を印象づけている。

 妻問い婚では男からの積極的な働きかけ(夜ばいも含めて)が強く、娘の母は恋の監視者として、男子にとり高い障壁になっている。

汝(な)が母に こられ我(あ)は行(ゆ)く 青雲の 出で来(こ)我妹子(わぎもこ) 相見(あひみ)て行かむ

巻十四・三五一九

おまえの母さんに叱られて、近寄れないのだから、外に出てきておくれ、会いたくて仕方がない、というのだ。

 兎を狙うというのは、譬喩としては女子に近づく機会を狙っているのだが、実際の猟では弓矢を使うこともあれば、追い詰め疲れさせ素手で捕まえることもある。下り坂を利用したり、小さいこどもを勢子(せこ・せご)にして畑のある広い場所に追い出して捕まえたり、穴を探して子うさぎを捉えて飼育することもある。こどもでもできる狩だ。経験の浅い青い季節の恋は、狩としても未熟。母に叱られるのももっともなのである。

(藤原茂樹)

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