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第10回 百代草で父母の長寿を祈る(藤原茂樹)

2023年09月30日

 

父母(ちちはは)が 殿の後(しりへ)の ももよ草 百代(ももよ)出でませ わが来(きた)るまで

巻二十・四三二六

遠江国の防人生壬部足国(みふべのたりくに)

  

(現代語訳)

父と母が住む屋敷の裏手に生える百代草(ももよぐさ)その名のように長寿でいらしてください 私が戻るその日まで

 

 百代草は、現代の何草か定まらないが、ノギク・ヨモギ・ツユクサ・マツなどの中、一説のリュウノウギクか。春先の新芽は食用にするし、花は清楚可憐、生葉は揉むと樟脳にも似た香りがする。茎葉に揮発油を含み、インドネシア原産の龍脳(ボルネオール 香料)に香りが似るのでその名がある。その年の山野草の中で最後に咲く花であることも、父母の長寿を祈る草としてふさわしい

 殿といえば、立派な建物を想像するが、敬いのため父母の住居を呼んだ。「父さん母さんの住む母屋」(伊藤博『萬葉集釋注』)との説もあるが、他の注釈書はこの殿について特定せず要領を得ない。両親のもとで育った子だとすると、「わぎ家(へ)」などという。「父母の殿」とするのであるから、自分とは別住まいをしていると考えられる。わが国では、近代まで、嫁を入れた家は、子などができると、父母と建物を別にして住む例は少なからずあった。その際父母が家屋の後方の家に隠居することは全国的に多く見られた。島崎藤村『幼き日』『夜明け前』などをみれば木曽の家の裏手に隠居所があることが書き留められているのでもわかる。

 父母のお住まいの殿の後方に、百代を名にする長寿の草木を植えるというのは心配りのあるよい習慣にちがいない。そうした、植栽の作法をもつ東国は親を敬う心の深さにおいて、よく考えられた文化をもつ地域であったとわかる。しかもこの歌は改まって言葉を発している作者の態度が真摯で率直で、防人に行く自分の不安をおくびにも出さず、両親が息災であるように祝辞をたてまつっている。真情溢れんばかりで、その控えめで親思いの心が、いまの世にも強く響いてくる。

(藤原茂樹)

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