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第11回 大伴家持の造酒歌(坂本信幸)

2023年10月15日

 

酒を造る歌一首

中臣(なかとみ)の 太祝詞言(ふとのりとごと) 言ひ祓(はら)へ 贖(あか)ふ命も 誰(た)がために汝(なれ)

(巻17・四〇三一)

〔原文〕

奈加等美乃(なかとみの) 敷刀能里等其等(ふとのりとごと) 伊比波良倍(いひはらへ) 安賀布伊能知毛(あかふいのちも) 多我多米尓奈礼(たがためになれ) 

  

〔現代語訳〕

中臣の太祝詞の詞を唱えてお祓をし、長くと祈る命も誰のためか。ほかでもないあなたのためなのだ。

 

 麹室にスピーカーを設置し、製麹の間、麹菌にモーツァルトを聞かせる酒造会社があり、美味しい酒ができるという。昔から杜氏は「酒造り歌」を歌いながら酒を醸してきた。 
 『古事記』仲哀天皇条には、息長帯日売命(おきながたらしひめのみこと・神功皇后)が、御子(後の応神天皇)の帰ってきた時に「待ち酒」を醸して献上したことを記すが、その時に、母である息長帯日売は、

この御酒(みき)は 我が御酒ならず 酒(くし)の司(かみ) 常世(とこよ)に坐(いま)す 石立(いはた)たす 少御神(すくなみかみ)の 神寿(かむほ)き 寿(ほ)き狂(くるほ)し 豊寿(とよほ)き 寿(ほ)き廻(もとほ)し 奉(まつ)り来(こ)し 御酒ぞ 残(あ)さず飲(を)せ ささ(記39)

と歌って御酒を勧めたという。そして、建内宿禰命(たけしうちのすくねのみこと)が御子に代わって答えて、

この御酒(みき)を 醸(か)みけむ人は その鼓(つづみ) 臼(うす)に立てて 歌ひつつ 醸みけれかも 舞ひつつ 醸みけれかも この御酒の 御酒の あやに甚楽(うただの)し ささ(記40)

と歌ったという。
 歌いつつ、舞いつつ醸すことにより、楽しいよい酒になると考えられたのである。この歌は「酒楽の歌」といわれている。
 少御神の奉って来た酒だ、というのも、言語の呪力によって美酒になるという古代の考えである。『日本書紀』崇神天皇条に、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)を祭る日に神酒を天皇に献上して、

この神酒(みき)は 我(わ)が神酒ならず 倭(やまと)なす 大物主(おほものぬし)の 醸(か)みし神酒 幾久(いくひさ) 幾久(紀15)

と歌ったと記すのと同様である。
 「待ち酒」は訪れてくる人のために用意する酒であるが、家持の父大伴旅人も「待ち酒」を歌っている。部下の丹比県守(たじひのあがたもり)が民部卿に転任する際に贈った、

君がため 醸みし待ち酒 安の野に ひとりや飲まむ 友なしにして

(巻4・五五五)

という歌である。 

 冒頭の大伴家持の歌は、古く結句多我多米尓奈礼(たがためになれ)」に異説があった。契沖の『万葉代匠記』(初稿本)では「たかためになれは、たかためになれや。故郷の妹かためにこそといふなるへし」とし、『万葉集剳記』では「たがためになれは、ならめの略語、誰が為ならめや我身の為にと云意也」と、対象が「妹」と「我が身」で違うものの、「なれ」を四段動詞「なる」と解していたのに対し、『万葉集略解』では「誰為になれとは、さす人有りてよめりと見ゆ。なれは汝なり。云々も誰為ぞ、汝が為にこそ有れといふ意にて、其人に対ひてよめる也」と、「なれ」を「汝」と解した。以後、『万葉集古義』などに誤字説が見られたものの、近代以降の諸注釈では、全釈、総釈(佐佐木信綱)、窪田評釈、全註釈、私注、大系、全集、全注、新編全集、新大系、釈注など、おおむね「汝」説を採る。

玉くせの 清き川原に みそぎして 斎ふ命も 妹がためこそ(巻11・二四〇三)
時つ風 吹飯の浜に 出で居つつ 贖ふ命は 妹がためこそ(巻12・三二〇一)

などの歌を参考すると、「贖ふ命」は恋しい妹のためであることは明かで、ここでは、「命を贖うのはあなたのためなのです」と、相手に歌いかけた形である。
 酒造り唄は、それぞれの酒造り工程に合わせて歌われ、いくつもの種類があるが、工程の中に目出度いことばを唄い込み酒に呪力を付与するほか、労働歌の常として恋情を唄うことになっている

  丹波杜氏の酒造り唄「秋洗い唄」
1、アー寒や北風 ア今日は南風 明日は浮名の 東南(たつみ)風
2、アー今日の寒さに 洗い番はどなた 可愛いや殿サの 声がする
3、アー可愛いや殿サの 洗い番のときは 水も湯となれ 風吹くな
4、アー可愛いや殿サは 今日は何なさる 足がだるかろ ねむたかろ
5、アー足もだるない ねむともないが 私ゃあなたの ことばかり

  上越市頸城の酒造り唄「もとすり唄」
1、とろりとろりと 今摺るもとは 酒につくりて 江戸へ出す
2、江戸へ出すとは 昔のことよ 今は世が世で 地ではける
3、地でも江戸でも なとりのご銘酒 酒は剣菱男山
4、男山より 剣菱よりも 私のすいたは色娘
5、だれもどなたも ここらでちょいと ちょいとつけましょ 長煙草

といった具合である。
 家持歌は、「中臣の 太祝詞言 言ひ祓へ」と呪的な歌い出しをした上で、結句で「誰がために汝」と恋情に展開して結んだ見事な酒造り歌といえる。

(坂本信幸)

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