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第13回 酒の歌(坂本信幸)

2023年11月15日

噛み酒のイメージ(画像はフォトACより マッコリ)

 

味飯(うまいひ)を 水に醸(か)みなし 我が待ちし かひはかつてなし 直(ただ)にしあらねば

(巻16・三八一〇)

右、伝へて云はく、昔娘子(をとめ)あり、その夫(つま)を相別れて、望(うら)み恋ひて年を経(へ)たり。その時、夫君(つま)更に他妻(あたしめ)を取(めと)り、正身(ただみ)は来ずて、ただ膓物(つと)のみを贈る。これに因(よ)りて、娘子はこの恨(うら)むる歌を作りて、これに還し酬(こた)ふ、といふ。

〔原文〕

味飯乎(うまいひを) 水尓醸成(みづにかみなし) 吾待之(あがまちし) 代者曽无(かひはかつてなし) 直尓之不有者(ただにしあらねば)

 

〔現代語訳〕
美味しいご飯を醸して酒にして、私がお待ちした甲斐は全くない。あなたが直接来られたのではないので。

 この歌は、左注によると、昔ある娘子(おとめ)が夫と離別して、恨めしく思いながら幾年かすぎた。夫はまた別の女を娶(めと)り、娘子のもとに本人は来ないで贈り物だけをよこした。そこで、娘子はこの恨みの歌を作って返事とした、という。

 酒を醸造することを、「醸す(かもす)」というが、「醸む(かむ)」ともいう。それは、酒はもと米を噛んで潰して発酵させて作ったからである。

 『大隅国風土記逸文』(『塵袋(ちりぶくろ)』第九)に、「大隅ノ国ニハ、一家ニ水ト米トヲマウケテ、村ニツゲメグラセバ、男女一所ニアツマリテ、米ヲカミテ、サカブネニハキイレテ、チリヂリ(※原文踊り字)ニカヘリヌ。酒ノ香ノイデクルトキ、又アツマリテ、カミテハキイレシモノドモ、コレヲノム。名ヅケテクチカミノ酒ト云フト云々、風土記ニ見エタリ」とあるように、口噛みの酒は、米などの穀物を噛んで容器に吐きだし、唾液中のデンプン分解酵素であるアミラーゼの作用によってデンプンを麦芽糖に分解した後、自然の酵母でアルコール発酵させたもので、原始的な醸造法であった。

 実際は「奈良時代は宮廷用酒ばかりでなく、自家製の十日くらいでできる薄い民間酒でも、麹を使用するのが普通であった」(『新編全集』)ので、この歌の「味飯を 水に醸みなし」とあるのも口噛み酒ではないと思われるが、そのようにも読みうる歌である。

 沖縄では神を祭る神酒には噛み酒がまだ用いられているところもあるようで、私の友人の民俗学者大森亮尚氏は、沖縄に民族採集に訪れた際に飲む機会を得たという。ただ、本来は未婚の若い巫女が噛んで造る神酒であるが、巫女の高齢化が進み、入れ歯婆さんたちの醸した酒だったとのことである。
 『常陸国風土記』香島郡条に、

 また、年ごとの四月(うづき)十日(とをか)に、祭を設(ま)けて酒を灌(の)む。卜氏(うらべうぢ)の種属(やから)、男女(をとこをみな)集会(つど)ひて、日を積み夜を累(かさ)ね、飲み楽しび歌ひ舞ふ。その唱(うた)に云はく、

あらさかの 神の御酒(みさけ)を 飲(た)げと 言ひけばかもよ 我(わ)が酔(ゑ)ひにけむ(風6)

と見える酒も、口嚼みの酒のように思える。「あらさか」のアラは新、サカは栄、盛の意で、「あらさかの酒」は「新しい精の強い良い酒」(土橋寛説)という。「神の御酒」という言語の呪力によって、さらに酒のパワーは増すのである。

(坂本信幸)

※画像は噛み酒のイメージ(フォトACより「マッコリ」)

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