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第24回 梓弓爪引く夜音(藤原茂樹)

2024年05月30日

梓弓(あづさゆみ)

爪引(つまび)く夜音(よおと)の

遠音(とほおと)にも

君の御幸(みゆき)を

聞かくし良しも 

巻四・531

海上女王(うなかみのおほきみ)

 

 

〔現代語訳〕

お伴の者が魔除けに梓の弓を 爪ではじく夜の音 その遠い弦の音のようにでも 君のお出ましのことを お聞き申すのは うれしいことでございます

 

 

 正倉院中倉に梓弓三張、槻(つき)弓二十四張が残る。竹を合わせた平安以降の弓とは異なる純木の丸木弓。『延喜式』兵庫寮大嘗会条に「梓弓一張七尺六寸」とあり、儀礼用の弓の長さは規定されていた。日本古来の弓の材料は、梓・槻・檀(まゆみ)・櫨(はぜ)・拓(つみ)・榧(かや)などだが、万葉で弓の材質が推測できるのは梓・檀・櫨である。特に梓弓の歌が三十四例と多い。『続日本紀』大宝二年(702)に甲斐国が梓弓五百張、信濃国が一千廿張を献上した例がある。東国製の弓が都に届けられた。

 「梓」の文字は、漢語では「上梓」などと使うように、版木に用いる柔らかい木で、キササゲにあたるが、日本の梓とは樹種が異なる。現在日本で「あずさ」と呼ぶ樹木は、アカメガシワ、アサダ、オノオレカンバ、サビハナナカマド、ナナカマド、ニシキギ、ハイノキ、ミズメ、リンボクなど多種ある。この中、正倉院の梓弓の材質は、ヨグソミネバリ即ちミズメのことである。このミズメ、別名ハグサミネバリ、クサミネバリ、クソミズメなど、臭い匂いがもとで妙な名前がついていることが多い。だが、枝を折って嗅いでみると、サロメチールみたいな芳香がして、現代人には、好きな木の一つとなるのではないだろうか。材質は、緻密で堅くねばり強い。皮は桜の皮に似るからか、ミズメザクラとも呼ばれる。

 邪気払(じゃきばら)いの鳴弦(めいげん)の語の初出例は後代だが、万葉ですでに梓弓は音を奏でる。和琴の由来が、天照神を誘(おび)きだす弓六張との伝承『御鎮座本紀』や、神楽の梓弓が神霊を引き寄せる歌であるのを待つまでもなく、梓弓は、思い人をわが身に引き寄せる連想を伴う。恋の使者が、玉梓の枝を手に捧げて来るのも、恋人の訪れ(音連れ)を寄せる採物(とりもの)として最適の樹木だったからであろう。

 

*海上女王は志貴皇子の子(天智天皇の孫)。歌はお慕いしている聖武天皇のおでましを待ちわびる気持ちで詠んだもの。夜ひびく梓の弓の音がその切実なわびしさを増幅させる。

 (藤原茂樹)

 

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