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日めくり万葉集ブログ-万葉からMANYOへ-
第31回 恋と命(藤原茂樹)
2024年12月30日

恋ひ恋ひて
後(のち)も逢はむと
慰(なぐさ)もる
心しなくは
生きてあらめやも
巻十二・2904
作者未詳
(訳)
恋い焦がれて、いつかまた逢えるだろうと 自分を慰める 強い心をもたないと、とても生きていけそうにない
巻十二は作者未詳の歌が集まり、全部で三八三首もある大きな巻だが、各歌は題詞や左注がほとんど書かれていない。同じ巻に、恋ひ恋ひての歌とすこし似る歌がある。
恋ひつつも 後(のち)も逢はむと 思へこそ 己(おの)が命を 長く欲(ほ)りすれ
巻十二2868
いつかは逢えるとおもうからこそ、長く生きたいのです。と歌うが、作歌環境が見えないので理解がゆれる。
たとえば、恋人に捨てられ、恋の病に命の灯が消えかかった娘(彼は、血色のよい肌をした生き生きとした若者だった)は、
我(わ)が命は 惜しくもあらず さにつらふ 君によりてそ 長く欲りせし
巻十六3813
あなたに逢いたくて、そのために少しでも長くいきたかったの、という哀れをうたう。寸前の長歌では、いよいよ臨終の時を迎え、目も見えなくなり、幻聴が響く状態に陥る。その長反歌の左注は、こんなふうに伝えている。長く付き合っていた彼がぱったりと来なくなり、思い悩む娘は病に沈み臥せてしまい、日ごとやつれ果て死に瀕する。使いを遣りその男を呼び寄せた。娘は泣きじゃくりながら、最後の力をふりしぼり、命を「長く欲りせし」と大声をあげて死んでいく。
ところが、つぎの大伴家持歌は、似たような表現を基としているのに、未来の妻を得るための愛の歌である。
後瀬山(のちせやま) 後(のち)も逢はむと 思へこそ 死ぬべきものを 今日まで生けれ
巻四739
後も逢いたくて、死ぬはずの命が今日まで永らえた。あなたに逢うためにだけ生きてきたのだ、そうでなかったら死んでいたはずと、恋人に信頼を求める。夫に捨てられ若くして寿命を終える女性と、幸福な予感に心弾む男とが、極端な境遇のちがいを越えて言葉を通じさせてしまうのは、恋の世界が、愛と不幸と、生と死とが踵を接する特別なものだからかと、考え込まされてしまう。
(藤原茂樹)
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