高岡市万葉歴史館
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まんれきブログ -
越中万葉歌を読む~越中万葉かるたの世界~

105回 大伴家持の長歌・その5~逃げた鷹を夢に見る~

2022年06月22日

…鷹はしも あまたあれども

 矢形尾の 我が大黒に…

…鷹はまあたくさんいるけれど、

 矢形尾のわが大黒に…

 鷹狩の歴史は古く、『日本書紀』仁徳天皇条に百済より伝わったという記述があります。その当否はともかく、古代では天皇をはじめとする貴族の遊びとして盛んに行われました。仏教の影響もあって何度か禁止されますが、実効性はあまりなかったようです。

 鷹狩は、スポーツさらには軍事訓練という面もあったようですので、武門の家柄を誇る家持もおおいに好んでいました。彼は自分の鷹に「大黒」という名前をつけてかわいがってましたが、ある日、飼育係がこの大黒を逃がしてしまいます。ショックを受けた家持、お祈りをして待っていると夢を見ました――少女が現れて言うことには、「あなたの大黒は、旧江(現在の氷見市神代・堀田・矢方付近か)にいます。近いうちに帰ってきますよ」。

 しかし実際には帰ってこなかったようで、家持は後に白い大鷹を手に入れています(巻19・4154)。

 連載第29回はこの長歌の反歌について書いています。そちらもご覧ください。(鈴木崇大) 

 

 

 

放逸せし鷹を思ひ、夢に見て感悦して作る歌一首 并せて短歌

逃げ去った鷹を思い、夢に見て感激して作った歌一首 と短歌 

 

大君(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)そ

ここは遠く離れた大君の役所で、

み雪降る 越(こし)と名に負へる

(みゆきふる)越という名を負う

天ざかる 鄙(ひな)にしあればは

(あまざかる)鄙の地であるから、

山高み 川(かは)とほしろし

山は高くて川は雄大だし、

野を広み 草こそ茂き

野が広くて草は生い茂っている。

鮎走る 夏の盛りと

鮎が躍る夏の盛りには、

島つ鳥 鵜養(うかひ)が伴(とも)は

(しまつとり)鵜飼たちが、

行く川の 清き瀬ごとに

流れゆく川の清らかな瀬ごとに

篝(かがり)さし なづさひ上る

かがり火を焚きながら川をさかのぼって行く。

露霜の 秋に至れば

(つゆしもの)秋ともなれば、

野もさはに 鳥集(すだ)けりと

野原いっぱいに鳥が集まっていると言うので、

ますらをの 伴(とも)誘(いざな)ひて

国府の仲間たちを誘い出して、

鷹はしも あまたあれども

鷹はまあたくさんいるけれど、

矢形尾(やかたを)の 我(あ)が大黒(おほぐろ)に

矢形尾のわが大黒に

                              大黒といふは蒼鷹(おほたか)の名なり 

                               大黒とはわが蒼鷹の名である

白塗(しらぬり)の 鈴取り付けて

白く光った鈴を取り付けて、

朝狩(あさがり)に 五百(いほ)つ鳥立て

朝狩に五百もの鳥を追い出し、

夕狩(ゆふがり)に 千鳥踏み立て

夕狩に千もの鳥を踏み立てて、

追ふごとに 許すことなく 

追うたびに取り逃がすことはなく、

手放(たばな)ちも をちもかやすき

手離れも戻りも思いのままな、

これをおきて またはありがたし

これのほかにまたとは得がたい、

さ馴(なら)へる 鷹はなけむと

これほど手慣れた鷹はないだろうと、

心には 思ひ誇りて

心の中で自慢に思って

笑(ゑ)まひつつ 渡る間に

ほほえみながら過ごしていたその矢先、

狂(たぶ)れたる 醜(しこ)つ翁(おきな)の

間抜けなろくでなしの爺が、

言だにも 我には告げず

一言も自分に挨拶もなしに、

との曇り 雨の降る日を

空一面に雲がたちこめて雨の降る日に、

鳥狩(とがり)すと 名のみを告りて

鷹狩をしますとほんの形だけ告げて、

三島野(みしまの)を そがひに見つつ

その挙げ句に「三島野を遠くはるかに見ながら、

二上(ふたがみ)の 山飛び越えて

二上の山を飛び越えて、

雲隠(くもがく)り 翔(かけ)り去(い)にきと

雲に隠れて飛んで行きました」と、

帰り来て しはぶれ告ぐれ

帰ってきて咳き込みながら告げた。

招(を)くよしの そこになければ

だが、呼び返す手だてがないので、

言ふすべの たどきを知らに

何とも言いようもしようもないほど惜しく、

心には 火さへ燃えつつ

心のなかでは憤りが火と燃えて、

思ひ恋ひ 息づき余り

思い恋しくて、ため息をついてもつき足りず、

けだしくも あふことありやと

ひょっとして見つかることもあろうかと、

あしひきの をてもこのもに

(あしひきの)山のあちらこちらに

鳥網(となみ)張り 守部(もりへ)を据(す)ゑて

鳥網を張り番人を置いて、

ちはやぶる 神の社(やしろ)に

(ちはやぶる)神の社に、

照る鏡 倭文(しつ)に取り添へ

照り輝く鏡を倭文織に添えて捧げ、

乞ひ祷(の)みて 我が待つ時に

ただひたすらお祈りしながらわたしが待っているとき、

娘子(をとめ)らが 夢(いめ)に告ぐらく

少女が夢にあらわれて、こう告げてくれた。

汝(な)が恋ふる その秀(ほ)つ鷹は

「あなたが待ちこがれるそのすぐれた鷹は、

麻都太要(まつだえ)の 浜行き暮らし

麻都太要の浜を一日中飛びつづけ、

つなし捕る 氷見の江過ぎて

つなし漁をする氷見の江を通り過ぎて、

多胡(たこ)の島 飛びたもとほり

多胡の島あたりをぐるぐる回り、

葦鴨の 集く古江(ふるえ)に

葦鴨の群れている旧江に、

一昨日(をとつひ)も 昨日(きのふ)もありつ

一昨日も昨日もいました。

近くあらば いま二日だみ

早ければもう二日ほど、

遠くあらば 七日(なぬか)のをちは

遅くとも七日以上には

過ぎめやも 来なむわが背子

なりますまい。きっと帰ってきますよ、あなた。

ねもころに な恋ひそよとそ

そんなに胸いっぱいに恋いこがれないでください」と、

いまに告げつる

今あるがごとく、ありありと告げてくれた。

(巻17・四〇一一)

三嶋野神社(射水市堀内)

 

 

 

【さらに詳しく知りたい方へ】

高岡市万葉歴史館編

『越中万葉百科』

笠間書院・2009年刊

458頁・定価2600円(税別)

 

 

※引用した歌本文は、上記の『越中万葉百科』に拠ります。