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第17回 続続・酒の歌(坂本信幸)

2024年01月15日

大宰帥大伴卿、大弐(だいに)丹比県守卿(たぢひのあがたもり)の民部(みんぶの)卿に遷任(せんにん)するに贈る歌一首

君がため 醸みし待ち酒 安の野に ひとりや飲まむ 友なしにして

(巻4・五五五)

  〔原文〕

為君(きみがため) 醸之待酒(かみしまちざけ) 

安野尓(やすののに) 獨哉将飲(ひとりやのまむ) 友無二思手(ともなしにして)

  

〔現代語訳〕
あなたのために造った待ち酒を、安の野でひとり寂しく飲むのであろうか。友も居なくて。

 

 第11回「大伴家持の造酒歌」にも引いたこの歌は、題詞によると、大宰府の大弐であった丹比県守が、民部卿に転任する時に贈った歌という。民部卿は民部省の長官(正四位下相当)。県守は天智天皇七年(668)生まれで、四年生まれの旅人の三歳下の友であった。旅人の妻(家持の母)は丹比郎女(県守の娘か?)と考えられており、丹比県守は旅人にとって特に親しい友であったと思われる。
 「待ち酒」は、訪ねて来る人に飲ませようと、あらかじめ造っておく酒であり、万歴ブログ第13回「酒の歌」に、

味飯(うまいひ)を 水に醸(か)みなし 我(あ)が待ちし かひはかつてなし 直(ただ)にしあらねば

(巻16・三八一〇)

とあったのも「待ち酒」である。
 旅人の歌の結句は「友なしにして」と「にして」止めで言い止しにして余情を残しているが、旅人にはもう一首「友なしにして」の結句をもつ歌がある。それは旅人が大納言になって都に帰った後、大宰府に残っている沙弥満誓が、

まそ鏡 見飽(みあ)かぬ君に 後(おく)れてや 朝夕に(あしたゆふへ) さびつつ居(を)らむ

(巻4・五七二)

(まそ鏡)見飽きることのないあなたに後に残されて、朝に夕に寂しい思いをし続けることでしょうか。

ぬばたまの 黒髪変はり 白(しら)けても 痛き恋には あふ時ありけり

(巻4・五七三)

(ぬばたまの)黒髪が白髪に変っても、辛い恋には会う時があるのですね。

と歌って寄こしたのに答えた、

草香江(くさかえ)の 入江にあさる 葦鶴(あしたづ)の あなたづたづし 友なしにして

(巻4・五七五)

草香江の入江で餌をあさっている葦鶴ではないが、ああたどたどしい(心細い)ことだ。親しい友もいなくて。

という歌である。「にして」止めは旅人の寂寥感を表現する語であった。
 旅人の逝去後、旅人に使えていた資人余明軍(よのみようぐん)が、

みどり子(こ)の 這(は)ひたもとほり 朝(あさ)夕(よひ)に 音(ね)のみそ我(あ)が泣く 君なしにして

(巻3・四五八)

赤子のように這いまわって、朝も晩も声を立てて泣いている。君がいないので。

と「友」を「君」に変えて「にして」止めで結んで挽歌にしたのは、主人旅人の歌を学んでのことである。

(坂本信幸)

 

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